死にぞこないの青
「なんでも好きな話を書いてください」
これまで僕は、ミステリ的なオチを求められているんじゃないだろうかとか、ラストで読む人を感動させないといけないのではないだろうかとか、いろいろ心配しながら話を作っていました。しかしその人はそのどちらもなくてかまわないとはっきりおっしゃったのです。「本当に好きなものを自由に書いていいんですね」と、僕は愛知県豊橋市の某喫茶店にて幾度も質問したところ、たしかにそれでいいと言うのです。
書いてしまいました。好きなようにやってしまいました。
(あとがきより)
去年、本好きの知人に「乙一おもしろいよ」と勧められ、購入してはみたものの本棚に眠っていた「死にぞこないの青」(「暗いところで待ち合わせ」も開かれるのを待っています)。夏が終わりそうなので慌ててページをめくりました。
想像はしていましたが、なんて呪いを込められた文章なんでしょう。
文字がゆらゆらとむくむくと浮き出て来そうでした。
「マサオくんがあくびをしたので、あと十分間、延長ね」
「マサオくんがこの前の宿題をしてこなかったので、今日も算数のドリルを宿題にします」
「マサオくん、この問題、だれか他の人に解いてもらったでしょう。それとも、解答を見て解いたでしょう」
「マサオくんは今、みんなよりも自分は頭がいいのだと威張っています」
自分を守ることしか考えていない教師、羽田光則。
クラスのバランスをとるために存在する僕、マサオ。
マサオが創り出した「死にぞこない」の男の子、アオ。
クラスメイトの不満はマサオへ。
先生の不満はマサオへ。
マサオの無意識はアオへ。
マサオのそのこころの弱さに悶々として、
加害者のそのこころの弱さに苛々した。
それぞれの気持ちが分かる自分もまた、こころが弱いんでしょう。
復讐。こころの中での殺人。深い失望。哀れみ。
沸々と湧き上がる嫌悪感で気持ち悪くて、早く終わってくれと途中で止められなくて一気に読み終えました。
そう、この世で一番怖いのは生きた人間なんでしょう。
江戸時代、
日本には「えた」や「ひにん」と呼ばれる人がいたのだそうだ。
彼らは士農工商といった人々よりさらに身分が低く、
いろいろな権利が与えられなかった。
彼らは常に差別されながら生きていかないといけなかったのだ。
農民の生活もつらく、
不満がたまっていた。
そういった不満が爆発すると、
農民たちは武装して領主の屋敷を攻撃したという。
でも、「えた」「ひにん」という、
農民よりもさらに低い身分の階層を作ることによって、
不満を上ではなく、下に向ける。
あるいは、
自分たちよりももっと地位の低い者たちがいるとして安心させたのだ。
つまり「えた」「ひにん」とは、
民衆を支配するための特別に作られた最下級の身分なのだそうだ。
僕は授業中、そのことを聞いていて恐ろしくなった。
そして、このようなルールを作らなくては不安を拭い去ることのできない人間、
不満を解消できない人間について考えた。
どうして世界はこうなっているのだろう。
生きていく上でいろいろなことに恐怖し、
不安を抱いて、自分を守ろうとする。
がたがた震える感情を安心させるために、
だれかを笑い者にするんだ。
僕は、この教室における下層階級なのだと思う。
僕はみんなよりも劣っています。
ナメクジと同じです。
ミミズよりも頭が悪いです。
デブです。
豚です。
みんなよりも地位は低いです。
生きている価値がありません。
僕はバカです。
死んだほうがましです。
根暗でスポーツもできないので友達なんてできません。
とにかく劣っているので
これからも僕はみんなのように生きることはできません。
それらの言葉をそれぞれ二十回ずつ、
先生の命令で唱えさせられた。
僕は立ち止まり、
夜の静かな山を見上げた。
そして理解した。
これまでアオとして分離していた部分は、
僕の中に溶けたのだ。
<レビュー>
飼育係になりたいがために嘘をついてしまったマサオは、大好きだった羽田先生から嫌われてしまう。先生は、他の誰かが宿題を忘れてきたり授業中騒いでいても、全部マサオのせいにするようになった。クラスメイトまでもがマサオいじめに興じるある日、彼の前に「死にぞこない」の男の子が現われた。書き下ろし長編小説。著者は、78年福岡生まれ。今後の日本ホラー小説界の将来を担う書き手として注目を集めている。
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