
「既にそこにあるもの」★★★★★
大竹 伸朗 (著)
四四五ページとボリューミー。
ここには大竹伸朗の二〇年間が詰まっている。
正確に言うと、一九八〇年から一九九九年にかけて、雑誌、作品集、展覧会カタログに書いた文章で構成されている。
一文一文がなんていうか、正直な人なんだなと嘘のない人なんだなと本気(マジ)なんだなこの人はと感じさせられる文章で、それを読んでいるとなんだか希望が生まれる。
そこに着目するのか!というマイノリティな部分に強烈に惹かれた。
それを噛み締めて読んでいたら、読み切るまでに一ヶ月近く経過していた。
「事実は小説より奇なり」という言葉が頭に浮かんだ。
特に印象に残っているのは「ヤマンタカ日記」。
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■ヤマンタカ「この色すごくないですか」少しピンクがかった薄紫色。「普通この色で家は塗らないですよね、すげえな」
●大竹「あってるよな、感じに」
家の脇のゴミ置場を垂木と青い波トタンで組んだ物体に目が行く。「この段ボールの捨てかた、かっこいいよね。オッ、この木の曲がり方絶妙だよな。ナウいというのか・・・」
■ヤマンタカ「エッ、ナウいすか」
●大竹「オレ、こういうのどこ行っても写真撮りたくなっちゃうんだよ」
■ヤマンタカ「へへへへそうすね、並びかたがいいすね」
●大竹「オレ、この安っちい工事用の青いビニールシート好きなんだよな、端に乾いた泥とかついてると、グッときちゃうんだよな。ゴミ箱の脇にこうしてくしゃくしゃに丸めて置いてあると、オレ、哀愁にホロリときちゃうんだよ」
■ヤマンタカ「この本、ぴったりだな、大竹さん、マンオキって知ってます?僕、時々マンオキやるんですよ」
●大竹「えっ、何それ」
■ヤマンタカ「万引きじゃなくて万置きですよ。僕が勝手に言ってるんだけど、これ。万引きじゃなくて万置き。万引きは店のもん黙って取ることやけど、万置きは、自分の好きなもん店に持ってって、勝手に好きなとこに置いてきちゃうんですよ」
●大竹「へへへ、それ面白いね。それって見つかったりしないの?」
■ヤマンタカ「この前見つかっちゃって、『お客さん、だまってこんなもん置いてかれちゃこまりますよ』って怒られました」
●大竹「万置きね、それ、かっこいいね、マンオキ」
■ヤマンタカ「オレ、好きなんすよ」
ちなみに四十年以上生きてきて
「おっ、そうか、おまえもシールカスが好きだったのか」と意気投合したのはたった一人、
ボアダムスのヤマタカ君だった。
生きてきて本当に良かったと思った。
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私はこの二人以外に、もう一人シールカスが好きな人物を知っている。
しかもかなり身近なところにいる。
というか、この二人の会話が自分とその人物の会話に類似しているように思う。
それにしても、「全景」を観に行かなかったことが大変悔まれる。
わたしはあのとき大竹伸朗その人に興味が全くなかったのである。
ほんとうにもったいないことをした。
男四十にもでもなれば、
もう少し一日の終わりに
“充実”
というやつの片鱗でも頭上三十センチあたりに
ポッカリ現れるものかと思っていたが、
今、漠然と自分自身のことでわかっていることと言えば、
どうやら自分は何かを何かの上に
貼ったり塗ったりするのがすごく好きらしい
といったことぐらいで、
充実どころか今日もまた、
“届かなかったもどかしきやるせなさ”
で一日が過ぎていく。
その頃は全く右も左も前も後ろも何もわからず、
牧場での生活で過ぎていく時間がきっとどこかしらで、
それから先、
いつか毎日絵を描くだけの日々
と固くつながっていると信じてはいたが、
「もう、後がない」
というのがそのころのどんづまりの正直な心境だった。
一九七四年、春のことだ。
二十一の時、
初めて訪れた外国の地、
ロンドンで、
とりあえず自然に始めた事は、
一日が終わり、
手元に残った印刷物を単純にノートに貼ることだった。
別に留学とか仕事とか、
たいそうな目的などあるわけもなく、
それまで東京の中華料理屋で貯めた金の残高と
わけのわからぬプレッシャーのようなものがのしかかる毎日で
「今日どこへ行き、何をした」
と書くに値する出来事など当然何も起こらず、
淡々と印刷物の貼られたページ、
それが自分の一番わかりやすい一日の結果であった。
手持ちの金が底をつくまでの日課といえば
近くの公園まで毎朝小一時間歩き、
ボールペンでスケッチを繰り返し、
チケットやら拾ったラベルを並べてノートに貼りつけることだけで、
だからどうなるという確信も展開も確かなものはそこに何もなかった。
自分のやりたいことどころか、
自分の存在から遠い遠いところで世の中勝手に動いているような日々で、
印刷物をノートに貼るという行為は、
そんなある種の疎外感からくる圧迫感を
少しでも軽くする方法といったものに近く、
作品制作だとかコンセプトだとかを
道筋をたてて考える余裕などなかった。
画材屋で金と交換した素材に
何か絵を描くということに僕は当時から強い抵抗があり、
たまに購入した真新しいキャンパスも
貼り終えるとなぜか創作意欲も消えてしまうことが多かった。
その点、偶然出会ったカバン屋の厚紙ボックスは、
色といい、匂いといい、
工業用のホッチキスで事務的に留められた箱を壊して広げた時の型といい、
本能的に
「オレはこの上に何か表現しなければいけない」
といった気持ちにさせられた。
アルバイトの金を画材に使う必要もないし、
心底気に入った自分だけの画材を使って、
“作品”
がたまっていく快感に浸りだしたある日、
家へ着き、玄関を通過した瞬間、
定位置に置かれていた薄青色のプラスチックのゴミ箱に、
そこはかとない愛着心のようなものが心をよぎった。
ゴミ箱から盛り上がった物体に薄茶色を感知した瞬間、
その愛着心はやり場のない怒りへ変化した。
それは実家の一室に展示(散乱)した作品(単なるゴミ)に
堪えかねた母親が掃除をした結果だったのだ。
身体がカーッと熱くなり、
冷や汗にまみれ、
ゴミ箱をひっくり返して、
僕はひしゃげた作品群(母親にとっては単なるゴミ)を救い出した。
「これは作品だ、勝手に捨ててくれるな」と強く抗議したが、
母親はコタツに入りお茶をすすりながら
「あら、そうだったの」
の一言でまったく動じるところがない。
怒りも治まらぬまま、
それらの作品を部屋に持ち帰り再び並べた時、
僕は母親の意見も十分正しいことを理解した。
足を投げ出しボーっとそれらを眺めれば、
なるほど世間で言うところの
「ゴミ」
に限りなく近いことを深く納得し、
笑いがこみ上げると同時に、
将来に対する漠然とした不安が襲ってきた。
“版”というテーマを与えたのは、
版画の教則本に出てくる様々な版のみが、
“版”であるといったことに疑問を持ち、
スニーカーの底も自分の手のひらも充分
“版”としての機能を果たすのだということが
少しでも学生の頭をかすめれば、
といった思いからであった。
そのように本制作や展覧会を通し、
出会う強烈な個性の興味深い人物をみつめながら、
僕がいつも思うのは
「こいつが職業欄に書き込む文字が見えない」
といった思いだ。
職業欄を埋めるべき文字を持たない人々・・・。
そのような人々というのは、
生活のためかりそめの職業を持ってはいるが、
心の中の職業欄は空のままであり、
そこに何かを埋めようともがく性を内に持つ。
仕事に慣れ始めると心の職業欄が点滅を開始する。
「本当かよ、この職業」。
空欄を半分埋めた文字は消え始め、
またもがき始める。
送られてきた荷物の開封の手順として、
まずはガムテープ剥がしから入るわけだが、
その瞬間は自分にとって傑作に心躍るか、
駄作にため息をつくか、
オートマチック・コラージュの質的分岐点だ。
幾層もの微妙な色合いの段ボールの紙を剥ぎ取った
ガムテープ裏の美しさは一体なんなんだ。
そこに僕は、
世界の無意識をのせた“裏側の時間”を感じる。
始めたものの、来る日も来る日もうまくいかず、
何ヶ月か僕はすっかり石膏デザインをやめてしまった。
しかし、逃げ出した敗北感、
それも一番好きな絵でのそれは重く、
敗者復活の機会をつねにうかがっていたのも事実だ。
好きな音楽を聞き、
展覧会などをみたり、
本屋でぶらぶらしたりの日々が続いた。
そんな時、僕はジャコメッティ展に出会った。
恥ずかしく隠したい出来事なのだが、
僕は涙を止めることができなかったのだ。
その展覧会は、確か三回程見たと思う。
そして無性に
「絵が描きたい」
という欲求が湧いてきて、
次の日、復活戦にのぞんだのだ。
その頃も思い今も考える単純な事を思い出した。
それは紙と鉛筆は
人間が創り出した本当に偉大な発明だということだ。
何でも「わかった」と思っている状況が
いかに目の前のものを見えなくするか
アフリカの人たちはいつだって踊っているとおもったら大間違いで、
圧倒的に静かな生活のなかにはちきれそうな密度が詰まっているのだ。
そして彼らは、
生きる芸術作品である。
どうしようもねえゴミにすらなれないものも、
一瞬「オッ最高」と心の中で思ってしまうものも、
そんなことはどうでもいいから、
どんどんどんどんつくり、
そして容赦なくそれを壊し、
そしてまたどんどんどんどんつくる奴、
私はそんな奴を無言で信じる。
意味は何もないが信じられると私は思う。
たとえそいつが薬で脳みそボロボロでも、
底ナシの女たらしでも、
救いようのねえバカでも、
私はそいつのこと大嫌いになるかもしれないが、
どこかで絶対信じると思うのだ。
誰にも何も頼まれないのに、
どんどんどんどんつくる奴、
そういう芸術家に私はなりたい。
やはり音楽や絵について書かれた文章ほど
あてにならないものはないと深くコーベをたれるのだ。
作家とは、
その核となるスタイルなりコンセプトが
一目瞭然の作品を提出することが暗黙のうちに義務づけられ、
作家もそれが真っ当な道筋だと思い込みそれなりに努力する。
作家の固有名詞と作品のスタイルとが
常に一定のレンジを保っていることが
何か作家の普遍的信用度を保証するということなのか、
そこに踏み絵的な曖昧な価値観が、
つくる側と見る側の間に根強くある気がする。
線路越しの看板を前に、
もしかしたら「絵」というものを観賞する場合、
その前を通過するときの「スピード」という要素も、
通常の絵画鑑賞マニュアルからはずれたところに実はあるのではないか、
といった漠然とした思いが残った。
通読してみて思ったのは、
もっと支離滅裂な流れになるのでは、
といった予想が大幅に裏切られ、
文章の書き方に変化はあるものの、
言いたいことは全く進歩がないというか、
結局同じような日常の様々な出来事を糸口に繰り返しているように感じたことだ。
そして、その
“進歩のなさ”
を忘れていた過去の文章によって思い知ることができ、
読み終わった時、なぜかホッとした。
自分なりに必死で駆け抜けてきたつもりが、
行き着いた所はスタート地点であり、
反射的に笑いがこみ上げてきたような感じがしたのだ。
(あとがきより)

<レビュー>
現代美術の閉塞状況を打破し続ける画家、大竹伸朗20年間のエッセイ。常に次の作品へと駆り立てる「得体の知れない衝動」とは?「「既にそこにあるもの」という言葉は、あれから自分の中で微妙な発酵を繰り返しつつ、時に内側からこちらに不敵な笑みの挑発を繰り返す」。文庫化にあたり、新作を含む木版画30 点、カラー作品、未発表エッセイ多数収録。